チャンスの時期
『バック・トゥ・ベーシックス』の著者であるワリー・Pの記事「チャンスの時期」を紹介します。
「ビッグブック」の19~21ページでは、ビル・Wが一日で12ステップに取り組んだ様子が書かれている。彼はその時、解毒のためにニューヨークのタウンズ病院に入院中だったが、ステップに取り組んだおかげで回復し、その後二度と飲酒に戻ることはなかった。また、「未来への展望」の章には、ドクター・ボブがこのプログラムに取り組みながらも、ステップ9の埋め合わせを避けていたために、二週間後に再発(スリップ)している様子が描かれている。彼は一日で埋め合わせを終え、その後二度と飲むことはなかった。
体験記「自分を安売りしたセールスマン」(He Sold Himself Short)[1]には、ドクター・ボブがアール・Tに「三、四時間で」12ステップに取り組ませた様子が描かれている。「黎明期」のパイオニアたちは、この単純で明解なプロセスを何十万回と繰り返すことで、驚くべき成功を収めた。
12ステップはシンプルなものであり、素早く繰り返し取り組むように意図されているものであることに懐疑的な人たちもいる。かつては私自身も懐疑的だった。だがある時、ビッグブックでステップ1から9の説明に使われているのは、「次に」「すぐに」「素早く」「一秒たりとも無駄にせず」という言葉ばかりだと、ある友人が教えてくれた。
最近、その彼が、なぜニューカマー〔新しい人〕に素早くステップを取り組ませるのか、理由を教えてくれた。それは「チャンスの時期」(the window of opportunity)は長くは続かないからだという。彼はその「時期」をこう説明してくれた。
治療センターからであれ、解毒施設からであれ、あるいはホームレスシェルターからであれ、どこから来たのであろうと、新しい人たちは12ステップ共同体にやってくるときに「チャンスの時期」を通り抜ける。その「時期」とはすなわち、彼らが最も「教えやすい」時期のことだ。その状態はそれほど長く続かない。別の言い方をするならば、新しい人たちが、酒や薬を使いつつ感じていた痛みや苦しみよりも、現在酒や薬を止めながら感じる痛みや苦しみのほうが大きいことに気づくまで、どれだけの時間がかかるか。そして、私たちはその苦しみを和らげてあげるのに、どれぐらいの時間をかけていいのか?
そのためには一年かけても良いだろうか。いや、そんなに長いのはダメだ! 一ヶ月ならどうだろう。耐えられる人もいるし、そうでない人もいるだろう。では、一週間では・・それが私たちのお薦めだ。もし、一日しかなかったとしたら・・・。新しい人たちが明日スリップする可能性について考えてみよう(多くのケースで実際に起こることだ)。明日起こりうるスリップを防ぐためには、新しい人たちに今日12ステップに取り組んでもらうしかないではないか。
私自身も、2001年9月11日にこの「チャンスの時期」を経験した。私は前の週末にテキサス州オースティンでセミナーを行っており、その日はテキサス州の山の麓にある二つの治療センターで講演することになっていた。テレビは見ていなかったが、ラジオはツインタワーが倒壊し、ペンタゴンが攻撃されたことを伝えていた。[2]
二つ目の施設で、私が予定していたとおり歴史についてのプレゼンテーションを始めたとき、部屋の奥にいた若い男性が手を挙げた。どうしたのかと尋ねると、彼はこう言った。「ワリー、今日ここにいる私たちは、とても辛く感じている。何が起こっているのか私たちにはわからないけれど、きっとそれは悪いことに違いない。私たちは〔その苦しみからの〕解放を必要としているんだ。あなたは多くの人たちに12ステップ全体を案内していると聞いている。ならば今すぐ私たちにも12ステップ全体に取り組ませてくれないか?」
私は「ともかくこの施設での治療プログラムを終えるまで待ちなさい。そしてカーヴィル〔テキサス州の都市〕でビギナーズ・ミーティングにが行われているから、それに参加すればだいたい一ヶ月でステップ全体を経験できるさ」などと言うことはできなかった。
そのかわり、私は〔その施設の〕カウンセラーの一人に向かって「どう思う?」と尋ねた。すると彼は私の質問に対して自分の質問をぶつけてきた。「それを何回やったことがあるんだい?」 それに対して私はこう答えた。「そんなことをやるのは初めてだ」 すると彼は「じゃあ、やってみればいい」と言った。私は全員をシェアリング・パートナーとしてペアを組ませ、最初の三つのステップの案内を10分で済ませた。次に私は、第4ステップの棚卸しについて説明し、悩んでいることをそれぞれがパートナーに対して10分間分かち合ってくれ、と頼んだ。彼らは散らばって、一対一でミニサイズの第5ステップを行った。
私はこの集団をもう一度集めて、次の四つのステップの案内をした。その後、私は第11ステップについて説明し、それから5分間静かにしてもらってから、その「静かな時間」の間に彼らの心に浮かんだことを話してもらった。
そして第12ステップの質問をして終わりにした。入所者たちが、このシンプルなメッセージを他の人たちに伝えることに同意してくれた後で、私は腕時計を見た。私は52分間で、その場にいた全員に12ステップ全体に取り組ませた。はたしてこの「12ステップ入門編」はどれぐらい徹底したものだったと言えるのだろうか? それはこのプロセスのシンプルさを示すのに十分なだけ徹底したものだった。それは、人々を問題から解決へと導くのに十分なだけ徹底したものだった。それは彼らに何度も何度もステップに取り組むだけの自信を与えるのに十分なほど徹底したものだった。
その記念すべき日以来、私は世界中の治療センターや矯正施設、そして回復のためのワークショップやカンファレンスで、この「12ステップ入門編」を何百回も行ってきた。この「シンプルにしよう」という回復へのアプローチの直接の結果として、何千人もの人々が人生を変えてきたのである。
著者について:ワリー・Pは、アーカイビスト、歴史家、著述家であり、23年以上にわたって12ステップ・ムーブメントの起源と成長を研究してきた。彼はドクター・ボブ・スミスとアン・スミス夫妻の個人的アーカイブの管理人である。ワリーは、歴史に関するプレゼンテーションや、1時間のセッション4回で参加者に12のステップ全体を案内する「バック・トゥ・ベーシックス・オブ・リカバリー」などの回復ワークショップを行っている。50万人以上の人々が、このパワフルでかつ実績のある「元来(オリジナル)の」行動のプログラムを使って12ステップを実践し、大きな成功を収めている。
(Wally P. “The Window of Opportunity", 初出:Recovery Today , June 2011)
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